山岸の日報470「25年目のバンドライフ」

12月29日

昼からロングシフト。ワンマンの疲れが全然取れない。体バキバキ。業務でもミスを連発。転送してはいけないところへ電話を転送してしまいお互い気まずい空気になる。どうも他部署と話が噛み合わないなと思ったら、そもそも29日なのに28日だと勘違いして働いていた。前提からミスっている。

 

 

12月30日

夕方から病院へ行き夜勤納め。いつぞや研修を担当した女の子と久しぶりの再会を果たしたが立派に成長しており、週イチ程度しか入らない私よりよほど業務をこなしていた。わからないことは教えてもらった。プライドない。

 

 

12月31日

例年各々仕事をしていた大晦日。どういう風の吹き回しか10年ぶりくらいでライブを行うことになった私たち。今やホームとなった吉祥寺のPlanet Kで年を越す。

ロンドンのサポートとしても参加することになっているので、真面目にリハに入る。


大晦日感がまったくない。


人のサポートというのは大変キンチョーするし余裕はないし。ロンドンがギターを置いてラップを始め小倉がドラムをやめてボイパを始めた瞬間、伴奏は実質私のピアノだけとなり「おいー!勘弁してくれー!」となった。普段さんざんギターを放棄しているくせに。

とても楽しかったがコードをミスったのが悔やまれるので、またやらせてほしい。お金払うからまたやらせてほしい。

ウラニーノの出番まで居場所がなかったので、タバコ吸わないのにさみしくて友達にくっついて喫煙所に入ってみたり(能動的な受動喫煙)、町をブラブラしてたら他会場でライブの町田さんにバッタリ遭遇したり(町田さんのスタッフとしてちゃっかりライブも見る)、コンビニで2回もコーヒーを買って胃が痛くなったりした。

人のサポートをしてサポートの大変さを知り、ハルさんに感謝しながらウラニーノのステージへ(いつも感謝しなさい)。よいライブ納めとなった。

 

1月1日

ちょっと寝坊して、昼過ぎに実家に顔を出して仏壇に手を合わせる。姉は実家に帰っても仏壇はガン無視らしい。神仏を恐れぬ織田信長のような人だ。両親としばし歓談し、夜は東京に戻って家で日本酒を飲んだ。

 

 

1月2日

毎年お誘いいただく新春麻雀大会に今年も参加。


自分でも驚くほど弱い。下手の横好きとはまさにこのこと。大勝負はできないし、チマチマ上がることもできない。2026年も地に足をつけていこうと思った。

 

 

1月3日

初売りを冷やかしに新宿へ。後で聞けば小倉くんも新宿にいたらしい。会っていたら気まずかった。そんな距離感。

 

 

1月4日

昼から初出勤。なんだか異様に眠くて寒くて、正月ボケで身体が仕事に拒否反応を示しているぞと思ったら、普通に風邪を引いたようだ。帰ってあったかくして眠る。


「結成25周年」と意気込んでずいぶん吹聴しているが、節目だったはずの結成20年は何かした記憶がまるでない。何してたんだろと思い返したら、2021年はコロナでそれどころではなかったみたい。それなりにいろいろ乗り越えて、のらりくらりとよく続けてきたものだなと思う。元気に楽しく、しっかりと歳を重ねつつ変なところは尖ったまま、誇りを持って続けていこうと思った。