山岸日報453「佐賀」

9月1日

昼からロングシフト。8月は舞台の仕事で忙しくあまりシフトにインできなかったが、社保維持のために9月はなんとしても80時間以上働かなければならない。フリーランスあるある。

 

9月2日

昼間は予定がなかったので新宿へ行き、


私以外は女子しかいない店でガレットを食べ、


がんばっている自分(当社比)へ、イソップで化粧品を買う。すべてが女子力。

イソップで店員のお姉さんに手の甲でいろいろ試されて(試していただいて)、手を洗ってもうらう時にドギマギした。触れられることに敏感になっている。

夕方からは稽古場に顔を出して演出家と少し打ち合わせ。

 

9月3日

午前中は通販の梱包・発送作業。昼過ぎに小倉先生の職場に突撃し、ラジオ収録。帰ってきて洗濯物を取り込んで夕方からシフトイン。山岸生活感。

 

9月4日

舞台の音楽をセッセと作り、夕方から病院の夜勤。久しぶりに会った看護師さんに「久しぶり!」と後ろからポンっと背中にタッチされ、ドギマギしてしまう。やはり触れられることに敏感になっている。

 

9月5日

かわいい後輩、小関峻くんと打ち合わせがてら飲み。飲んでても伝わる隠しきれない育ちのよさ。酔っ払っても、深掘りしたりちょっとカマをかけたりしても、「黒小関」は現れない。私は飲んでいる間だいたい「黒やまぎ」だったけれども。楽しかった。

 

 

9月6日

昼からロングシフト。初めて研修を担当した女の子がスタバの店員さんもやっている女の子だったので、スタバの太客の私はでオーダーの裏技やおすすめのトッピングをたくさん教えてもらった。どっちが研修を受けていたのかわからない。

 

 

9月7日

福島でウラニーノライブ。群馬の小倉家に集合し、そこから機材車で向かう。

早めに着いたらお母さんがコーヒーを淹れてくれて、おにぎりときゅうりのぬか漬けを持たせてくれた。実家って尊い。

今回は、かつてウラニーノを佐渡で見たことがある(言い方が野生動物)という佐渡出身のスタッフの民生くんが呼んでくれた。

民生くんは佐渡の伝説のバンド、ボーフラも召喚していた。

ボーフラのリハ。Tシャツの情報量が多い。

ウラニーノを佐渡に呼んでくれたのもボーフラで、この佐渡Tシャツはその際に我々が物販で限定販売したもの。ボーフラの皆さんは一番目に出た水沼遼太くん(同じく佐渡出身)を「水沼さんとこのせがれ」と呼んでおり、もはやライブハウスではなく地元の公民館のようであった。

こんな調子で脳がバグった私は、福島なのにMCで「佐渡ー!」と煽ってしまった。ちなみにハルさんはもう1周回って間違えて「佐賀」と言っていた。渋滞してもうよくわからない。

山下達郎さんのジャニーさんへの言葉を借りれば「ご縁とご恩」、実にいい夜だった。

小倉家に帰り着いた深夜2時、ハルさんが「昨日は満月だったのにあんなに欠けてるのは絶対おかしい!」と言い張るので、調べてみたら皆既月食だった。ニュースやネットの情報でなく、原始人レベルの肌感覚で月食を指摘したのは全国でもこの男くらいではないかと思った。知らなかった私も私だけれども。

もう少し上手く撮れそうなものだけど。

小倉家の庭で3人で30分間月食を見守るという謎の時間を過ごし、帰宅。