ギーヤマ日報235

9月13日

夜勤。同僚のおばちゃんに、「何もない人生より私や山岸さんのようにいろいろある人生の方がおもしろいじゃない!」と言われ、いろいろあるのは認めるにしてもおばちゃんと同じカテゴリーで括られたことに若干戸惑う。

9月14日

夜勤明けで一旦帰宅し、昼過ぎにラジオ収録のため再び病院の近くのコンビニへ。そしてトンボ返りで都内に戻り副業5時間。日頃から咳払いが気になるのは逆流性食道炎のためだと自己診断し(たぶん合ってる)、以前処方されて大量に余っているネキシウムの服用を自己判断で開始。ちょっとよくなってる気がする。病は気から。治癒も気から。

9月15日

買い物へ。最近ドライブ中にSiriに話しかけて音楽をかけてもらうことが多い。お利口なSiriちゃんはだいたい要求通りに曲を流してくれる。しかしこの日、「ビギー」ことノトーリアスB.I.Gを聴きたくなり、


「ヘイ、Siri!ビギーかけて!」とお願いしたら、

しばし考えたのち、


「島んちゅぬ宝」が流れた。いい曲だった。

Siriはすべらない。

 

9月16日

副業5時間。眠気覚ましにと強力なフリスクを買ったはいいが、マスクをして食べると強烈な刺激が目にくることが判明。一人パソコンの前で織田裕二ばりに「キター!!!」となっていた。←これわかる人は昭和生まれ同世代のオーバーザトラブル。

9月17日

夜勤。業務的には暇だったのだが亡くなった方がいたため受付前が非常にシリアスな重苦しい空気に包まれる。できることはないが受付の中でひたすら神妙な面持ちをし続けるという業務だった。仮眠中に分科会の尾見会長に会うという夢を見た。コロナのこととかいろいろ聞けばいいのに、「テ、テレビでいつも見てます!」としか言えなかった。夢の中でもミーハー。

9月18日

久しぶりに実家へ。


2年ぶりくらいに家族で集まった。父がコロナ禍で在宅中に過去のウラニーノの映像や資料を徹底的にデータ化してくれており、すべてが詰まったハードディスクをくれた。お宝であり、爆弾である。見るのも恐ろしい結成初期のライブ映像も残っていた。とりあえず「ピストン大橋鬼すべりMC集」というダイジェスト映像を作り、ハッシュタグ「#公務員」「#教員」などをつけてネットにアップしようかと思う。

9月19日

実家に泊まり実家で目覚め、そのままかつて自分の部屋だった部屋の断捨離を行う。そして長らくペーパードライバーだった姉の車庫入れ練習に付き合う。「お父さんの車ならぶつけても大丈夫」と、父の車を目標物として隣に駐車しぼくの車をその隣に停めるという、失敗したら誰もが不幸になるシチュエーションでのスリリングな車庫入れ練習が続いた。幸い愛車は無傷で返ってきた。実家からそのまま夜勤へ。夜勤は実にヒマであった。ひますぎて自分の存在がなんなのかさえわからず震えている尾崎豊みたいな夜だった。