山岸日報464「大人になった私たち」

11月17日

昼からロングシフト。シフトアップ後の帰り道、「金の食パン」を求めて近所のセブンを3軒探し回った。ドラクエのようだった。

 

11月18日

名古屋のイベントに向けて引き続き秦千香子先生とのリモート曲作りが続いている。私はヒーヒー言いながら秦先生の曲のコーラスを録音している(※「ヒーヒー」は録音していない)

夕方から病院の夜勤。珍しく新人のおばさまと2人きりのシフトであった。業務上のミスをしてしまったおばさまを慰めながら一夜を共にした。書き方によってずいぶんエロくなるから日本語って難しくておもしろい。

 

 

11月19日

夜勤明けで美容室に行ったりいろいろして、あれよあれよと夜になり弾き語りライブ。よく知った皆さんとの共演。みんなバンドのボーカルだけど、ソロになると人間性やキャラクターがくっきりと浮き彫りになるからおもしろい。みんなとてもいいライブだった。人のMCでこんなに笑った夜は久しぶりだった。

終演後、物販で共演の皆さまのチェキタイムが続き、私はしばらくヘラヘラしながら楽屋とフロアを行ったり来たりウロウロしていたが、最終的に居場所がなくなり必殺雲隠れの術でドロンした。飲み会と物販席での孤独ほど恐ろしいものはない。


集合写真も撮らずに帰ってしまったーと思っていたが、後でSNSを見たらBBQの時の写真をしっかり合成してくれていた。夏を満喫しきってこの世にまったく未練がない地縛霊のようである。

 

 

11月20日

休み。引き続き自宅でのレコーディング&ミックス作業を進める。現実と向き合うためか逃避目的か、無性に出かけたくなり外出。コストコで業務用の大量のパスタを仕入れて帰宅。引き続き私は小麦の奴隷。

 

 

11月21日

秦先生の家に鍵盤を取りに行く。久しぶりに会った秦先生のお子さんはずいぶん大きくなっていた。「久しぶりー!」と挨拶をしたが、たぶん私はピアノを引き取りにきた配送業者の集荷のおじさんにしか見えなかったと思う。

その頃、もう一人の集荷のおじさん小倉ドライバーは大塚ハーツで機材を回収していた。その後落ち合って機材車に積み込む。難易度高めテトリスに成功し全ての機材を積み込み、ツアーを終えたかのように讃え合って別れた。

 

 

11月22日

大阪へ。3連休初日ということで渋滞を想定してかなり早く東京を出たのに、想定をあっさりと超える大渋滞にきれいにハマり、東京から11時間。「玄関開けたら2分で本番」状態であった。元気があればなんでもできる、音さえ鳴ればなんとかなるの精神で本番へ。11時間の怨念がこもったいいライブになったと思う。お客さんたくさん入ってくれて嬉しかった。

搬出後、さぁホテルに直行して寝ようという絶妙のタイミングで「たこ焼き食べたーい」と言い出したハルさんにたこ焼きとお好み焼きを買い与え、セブンイレブンを経由しホテルの部屋に辿り着いた深夜0時。


私の打ち上げが始まってすぐ終わった。

 

11月23日

名古屋へ。kokoti cafeでツーマンライブ「秦千香子とウラニーノ」。

kokoti cafeのお嬢さん花步さんが元々FREENOTEのファンで、ウラニーノのことを知ってくれたのもFREENOTEとの対バンの時だったそうで。そんな話を花步さんに聞いた昨年のワンマンの打ち上げで、「じゃあ次来るときは秦千香子を連れてくる!」と、秦千香子の都合も考えずにえらそーに宣言してしまった私。あれから1年。言ってみるもので本当に連れてきてしまった。まさかの有言実行に、言った本人の私が一番驚いた。

ちかちゃんとは、過去私がプライベートで定期的にしくじるたびに飲みに連れ出してくれては励まされたり慰められたり。今思えばそんなことばかりだったように思う。久しぶりの再会と共演、とても嬉しかった。

打ち合わせも何もしていないけれど、「大人になった」ことがなんとなくコンセプトになった本イベント。当日の朝ギリギリまで作業をして完成させた音源のダウンロードQRコードを会場で販売。私たちは大人になった。というか、今っぽいこともするようになった。

途中、小倉がボイパをしながら羊の玩具で遊ぶという謎のパフォーマンスで不気味な「子ども返り」をする場面はあったが、それ以外はみんな大人になっていた。


ちかちゃんのサポートギターの笠間さん、初対面なのに当日いきなり譜面を渡して初見でギター弾かせる無茶ぶり本当にすみません。事前に周知していない秦先生に抗議してください。大人になっても、ボーカルはボーカル。

kokoti cafeさん、昼夜の2食お母さんの手料理食べさせてくれてもはや実家。大人になるほど実家は尊い。