山岸日報465「続けていくと決めたのだから」

11月24日

明け方4時くらいに名古屋から帰宅し、死ぬまで眠ろう(永眠)と思って就寝したが、8時にパッチリと目が覚めてしまう。加齢による早朝覚醒。「夕方から夜に行きます」と宣言していたくせに、昼過ぎに秦先生にピアノを届ける。

 

11月25日

病院の夜勤。先週に続き、同僚がミスる。いっそ業務に入る前に毎回「私、失敗するので」と逆大門未知子のように宣言してミスってもらいたい。

 

 

11月26日

夜勤明けでサウナ寄ったらクルド人がたくさん。テルマエロマエの世界観が920円で味わえると思ったら悪くない(ポジティブ)。夕方からかけもちの職場でシフトイン。今月ラストのシフトと思ったが、「山岸さん所定の80時間まであと3時間足りませんよ」となり、急遽明日も入ることに。ギリギリのところで社保にしがみつく。

 

 

11月27日

佐渡からおいしい柿が届いたため実家にお裾分けに行く。夕方までに東京に帰り、80時間の壁を越えるためにシフトイン。3時間でいいのに勢い余って4時間働く。

 

 

11月28日

吉祥寺でツアーファイナルワンマン。

普段コール&レスポンスもろくにやらないくせに、お客さんに校歌を歌わせるという暴挙。

ファイナルスペシャルゲストとしてロンドン。本番でアコギを弾いてくれたロンドンは、こんな姿は見たことないというくらい集中しており(失礼)、怒ってるのか具合でも悪いのかと心配してしまうほどであった。曲に寄り添う、実に丁寧な演奏をしてくれた。持つべきものはお風呂に誘える友達。

来年は25周年、「一緒にいい景色を見に行こうぜ」とロックバンドっぽいかっこいいMCのひとつでもしたかったが、本音しか言えない私は「いい景色見させてくださいよお願いします…」とお客様に懇願していた。実に人間らしい。

この日私は初めてイヤーモニターを使ってみた。ウラニーノというバンドは、他のバンドに比べてドラムがデカく、ボーカルが小さい。もっとがんばれよという話ではあるが、ステージ環境によってはマジで自分の声が聞こえないのが長年の悩みではあった。初めてのイヤモニは、「ああ、私はこんな声で歌っていたのか」と自分で驚くほどにクリアであり、歌いやすかった。ライブハウスくらいでイヤモニなんてとか、バンドに負けないデカい声で歌うのがロックだとか、そういうことはあまり気にせずに頼れるものには頼ってみようと思った。こういう身体になり、こういう表現をすると決めたのだから。何よりも、続けていくと決めたのだから。

 

11月29日

地元の後輩、YKJのヤスジのソロワンマン「チャレンジヤスジ」を見届けに西川口ハーツへ。サポートドラムはYKJのシュウゴ。それはもう、YKJであった。とてもいいライブだった。ヤスジを見守るシュウゴの保護者のようなやさしい顔がよかった。ちゃんとチケット買おうと思ったけど気がついたら売り切れていたので、受付の前をバレないようにしゃがんでくぐり抜けて入場に成功した。よく考えたらただの不法侵入。

 

 

11月30日

小田原で弾き語り。ご近所の町田さんと車で一緒に向かう。町田さんは助手席に乗ってくるや「ところで山岸くん、小田原って何県?」からの旅の始まりであった。かくいう私も「横浜の横くらい」という危うい認識で、お互いの頭の中のぼんやりとした日本地図を補完しあい、正解はわからぬままナビに導かれ気がつけば1時間も早く小田原に着いた。時間を持て余した我々はショッピングモールを散策。今のところただ町田さんとデートをする日曜日。


本番の町田さんはキレッキレであり、ショッピングモールでマックのクーポンのQRコードが機械に読み込んでもらえず苦戦していた人とは別人であった。


姿麗人の亀井さんはとてもやさしい。どれくらいやさしいかって、本番中に曲順を忘れた私にモニタースピーカーでこっそり教えてくれるくらいやさしい。PA席からのまさに天の声であった。

帰りも町田さんと「熱海よりは右だよね?」「箱根より下ってことですよね?」と出口の見えない会話を繰り広げながら帰った。いいかげん地図を見なさいよ。