やまぎ日報90

3月21日

京都から片山シータカ兄さんと一緒に広島入り。広島の石油王、夢番地のアサヤーマさんと再会。朝山さんがくれたむさしのお弁当のおいしかったこと…。初めましての柔和智也さんがルーパーを巧みに使うので、同じ機材を使ってるのに録音したオケを流すだけのカラオケ状態で使っている自分が情けなくなった。そして柔和さんはとてもおしゃれだった。片山のアニキも相変わらずアスリート感あふれるステージで、「ダンボールに囲まれて」をカバーしてくれた。かっこよかった。アンコールで「山陽道はまっすぐに」を歌ったら、言い知れない多幸感に包まれた。打ち上げは2週間ぶりの「あとむ」で。みんながおいしいおいしいと感動しながら牡蠣を食べているのを、広島在住の柔和さんは自分は食べずにニコニコしながら見守っている。滅多に食べられないぼくらに譲ってくれているのだと思って、「柔和さん、気を使わないで召し上がってください」と言ったら、「ぼく牡蠣ダメなんですぅ〜」と。そういうこともあるのか。


ぼくの顔だけ異常に白いのは牡蠣に当たったからではない。

 

3月22日

岡山へ移動。片山シータカを岡山駅で降ろし、城下公会堂へ。共演は久しぶりのhommeと現役高校生の今井柊希くん。柊希くんは学校の補習帰りとのことで制服で現れた。ステージに立てば年齢は関係ないのだと思っていたが、その初々しさに「関係ある」と思った。素晴らしい歌声だった。hommeもかっこよかった。サポートで我々とも長い付き合いの冬樹が参加していた。サポートなのに、アルフィーの高見沢さんが使っていそうなクリスタルのギターで誰よりも目立っていた。最後にhommeと柊希くんに参加してもらい、みんなで「終着駅」を歌った。リハ後に柊希くんに最後のキメの部分を「君が歌いなさい」と入れ知恵し、狙い通りの多幸感にて大団円となった。若い芽は摘むのではなく育てることを学んだ38歳。


写真からもあふれる多幸感。

3月23日

移動のみのオフ日。お馴染みの眼鏡屋「Glass AND Art」に顔を出し、森山さんに眼鏡の調整をしてもらい、コーヒーを飲む。そして昨日の会場、城下公会堂でランチを。おしゃれカフェ城下公会堂は、我々以外お客さん全員女子。おっさん2人でランチしてもいいんでしょうか?そしてのんびり高松へ移動。速度制限で低速になりWi-Fi難民と化している我々は、高松のスターバックスに入店。スタバのWi-Fiを拝借し、ここぞとばかりに仕事を片付ける。夜はホテルの近所のうどん屋でうどんを食べ、子供が寝るような時間に寝てしまった。

3月24日

5〜6年ぶりのサヌキロック。サヌキロックも10周年、世代交代も進み知り合いがかなり少なくなり、我々は浦島太郎状態。街中を歩いていて知ってる人がいた時の安心感たるや。海外で日本人を見つけた時のようだった。ちなみに、海外へ行ったことはない。


四星球。相変わらず接しやすい。


Kacoさん。ベーシストのまーくん繋がりで。

そしてアーケードを歩いていると。あれ?


もしかしてマスミサイルの人じゃないですか!?(そのまま連行しうどんを食べに)

さて、ウラニーノのライブ。人、来るだろうかと少なからず不安もあったが、ライブにはたくさん人が来てくれて嬉しかった。ライブ後、アーケード内の物販に張り付きテキ屋状態の我々に、いろんな人が声をかけてくれた。本当に出られて嬉しかった。

夕方、高松を出発し大阪あたりで渋滞に巻き込まれ、東京に深夜3時半に到着。最後の力を振り絞り、ラジオ「ウラニーノ青春スピーカー」収録。後で編集のために聞き返したら「今、寝てない!?」という間が何度もあった。無事に帰ってこれてよかった。