やまぎ日報21

6月27日

バイト。終わった後、同僚の皆さんと飲みに。労働の後のビールはライブの後と同じくらいおいしい。せっかく新しく入った若い人が辞めなければならなくなってしまった。非常に優秀な子だったので残念だし、再びおっさんたちが満身創痍で回すという過酷なシフト体制に戻ってしまった。飲みながら「若いんだからなんだってできるよ」と言っている自分のおっさん感に引いた。

6月28日

青春スピーカーの収録で小倉くんが家にやってきた。収録の前にいくつか世知辛い話をし、またいくつかの希望を持てる話をした。小倉くんはテキトーなように見えて一方で実に冷静な目を持っていて、ぼくが決めかねていることを蓮舫議員の仕分けのようにバサバサと決めてくれることがある。収録の後、小倉くんは中目黒の美容室へ行き、ぼくはある悩みを解決するために病院へ行った。

6月29日

朝起きてツイッターを開いてみたらみんながずいぶん怒っていて、昨夜サッカーの試合があったことを知った。こないだ勝った時はみんなずいぶんべた褒めしてたのに、世論の豹変ぶりに恐ろしいものを感じた。何が起きたのかは知らないが、Jリーグ全盛期の中学時代に野球部だったぼくは、女子にキャーキャー言われながらサッカーをしていたチャラいサッカー部が大嫌いだった。勝っても負けてもどっちでもいい。興味がない。食べ物の恨みと思春期の恨みは半端ないって。

6月30日

先だって辞めることになってしまった新人さんのラスト勤務ということで、ささやかな労いの意を込めてバイト後に3人でごはんに行った。最後ですからと赤坂の料亭で1,800円のランチを食べた。その後、コーヒーでも飲んでいきましょうということで、ぼくがずっと気になっていた赤坂見附の老舗感120%のクラシックな喫茶店に入った。メニューを見て絶句した。一番安いコーヒーで1,500円。久しぶりに思考が停止してしまった。もう、マスターの言われるままに、「他の店では絶対に飲めない」というモカマタリを注文した。辞めていく女の子は、1,500円のコーヒーを飲みながら「これも忘れられない思い出です」と笑っていた。こんなことすぐに忘れてしまうくらい、楽しい思い出をたくさん上書きしていってほしい。若いんだから。そう思っている自分のおっさん感に心底引いた。自分が連れてきた手前、「ここはぼくが」と言って3人分のコーヒー代を払った。コーヒ−3杯、4,500円。ええ、ぼくにとっても忘れられない思い出になりました。


さて、問題のコーヒーであるが、これには唸った。確かに今までのコーヒー人生で経験したことのない衝撃的なものだった。生豆の香りを生かすためにとことん浅く煎ったという、モカ・マタリ。黒豆茶のような香りと苦味の後、独特の甘さが口の中に広がる。帰りにマスターに「貴重なものを飲めました」とお礼を言ったら、「最近のコーヒー屋は格好ばかりつけて勉強をしないね」と。赤坂見附で50年。重みがありました。